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先日の日曜日に参加してきたオフ読書会の感想を書きたいと思います。 そもそも、なぜ私たちは内田樹さんに惹かれるのでしょうか? (どうして、今回のような内田樹さんの読書会などをすることになったのでしょうか?) 内田樹さんに惹かれる人とはどのような人なのでしょうか? とりあえずの私の結論は、 「内田さんに惹かれる人は、生きる力が強い」 「内田さんに惹かれる人は、生命力が強い」 =学ぶ力が強い=胆力が強い。 <引用開始> たとえば「胆力」というのは、つよいストレスに遭遇したとき、その危地を生き延びる上で死活的に重要な資質だが、それは危機的状況にあっても「ふだんと変わらぬ悠揚迫らぬ構え」をとることができるという仕方で発現される。 つまり、外形的に何も変わらない、何も徴候化しないということが胆力の手柄なのである。だから、「チカラ」をもっぱら外形的な数値化できる成果や達成によって計測することの望む人の眼に「胆力」はたぶん見えない。 (・・・) 「生命力」も同じである。「生きる力」とは平たく言ってしまえば「何でも食える」「どこでも寝られる」「誰とでも友だちになれる」というベーシックな三種の能力にほぼ尽くされる。 要するに、与えられた場に適応し、手持ちの有限のリソースを最大限活用する能力である。 (・・・) 「学力」も同じである。(・・・) 学力とは文字通り「学ぶ力」のことである。 それはたまたま外形的に成績や評価として表示されることもあるが本来はかたちを持たないものだ。 というのは、「学ぶ力」とは「自分の無知や非力を自覚できること」、「自分が学ぶべきことは何かを先駆的に知ること」、「自分を教え導くはずの人(メンター)を探り当てることができること」といった一連の能力のことだからだ。 これらの力は成果や達成では示されない。 学ぶ力は「欠性態」としてのみ存在する。 何かが欠けているという自覚の強度のことを「学ぶ力」と呼ぶのである。 「おのれの未熟の自覚」、「ある種の知識や技能についての欠落感」、「師に承認されたいという欲望」といったものは存在するとは別の仕方で私たちの生き方に深い影響を及ぼすのである。 「学ぶ力」は欠性的にしか存在しない。 <引用終了> http://blog.tatsuru.com/2010/05/14_1725.php 「言葉の力」より ・・・ということをmixiに書き込みしたら、 (内田樹に惹かれる人は)「一筋縄ではいかない」 という書き込みがありました。 そうですね。 禍福は糾(あざな)える縄の如し 人間万事塞翁が馬 七転び八起き ですよね。 これは、 仏教的にいえば、「縁起」のことでしょう。 ※仏教における縁起(えんぎ、サンスクリット:pratiitya-samutpaada、パーリ語:paTicca-samuppaada)は、仏教の根幹をなす思想の一つで、世界の一切は直接にも間接にも何らかのかたちでそれぞれ関わり合って生滅変化しているという考え方を指す。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%81%E8%B5%B7 物理学的(量子力学的)にいえば、「不確定性原理」のことでしょう。 ※不確定性原理(ふかくていせいげんり、独: Unscharferelation 英語:Uncertainty principle)とは、ある2つの物理量の組み合わせにおいては、測定値にばらつきを持たせずに2つの物理量を測定することはできない、という理論のことである。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E7%A2%BA%E5%AE%9A%E6%80%A7%E5%8E%9F%E7%90%86 生物学的(分子生物学的)にいえば、「DNA」あるいは、「ゲノム」のことでしょう。(あるいは「動的平衡」by福岡伸一) ※2本の逆向きのDNA鎖は、シャルガフの法則による相補的な塩基 (A/T, G/C) による水素結合を介して、全体として二重らせん構造をとる。塩基の相補性とは、A、T、G、Cの4種のうち、1種を決めればそれと水素結合で結ばれるもう1種も決まる性質である。 http://ja.wikipedia.org/wiki/DNA ※動的平衡(どうてきへいこう)とは物理学・化学等では、互いに逆向きの過程が同じ速度で進行することにより、系全体としては時間変化せず平衡に達している状態を言う。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E7%9A%84%E5%B9%B3%E8%A1%A1 人類学的にいえば、「贈与論」のことでしょう。 ※『贈与論』はポトラッチ、クラなどの交換体系の分析を通じて、宗教,法,道徳,経済の諸領域に還元できない「全体的社会的事実」の概念を打ち出し、クロード・レヴィ=ストロースの構造人類学に大きな影響を与えた。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%B9 webで見つけたマルセル・モース『贈与論』の書評 http://d.hatena.ne.jp/leibniz/20090522/1243117536 文学的にいえば、「方丈記」(by鴨長明)のことでしょう。(「祇園精舎の鐘の声」で始まる『平家物語』、吉田兼好の随筆『徒然草』でもいいですけど) 青空文庫の方丈記 http://www.aozora.gr.jp/cards/000196/files/975_15935.html wikipediaの方丈記 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E4%B8%88%E8%A8%98 数学的にいえば、『ゲーデル、エッシャー、バッハ - あるいは不思議の環』(ダグラス・ホフスタッター著) のことでしょう。 wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%80%81%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%80%81%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F amazonはこちら そして、(おそらく)情報学的にいえば、「矛盾」「パラドックス」のことだと思います。 ※矛盾(むじゅん、矛楯)とは、あることを一方では肯定し、同時に他方では否定するなど論理の辻褄(つじつま)が合わないこと。物事の筋道や道理が合わないこと。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%9B%E7%9B%BE 「パラドックス」はこちら http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9 オフ読書会では、まさしくこのようなことを話させて頂きました
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